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敬愛するアメリカの作家、レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)氏が亡くなりました。91歳。不思議で奇妙で抒情的で美しい物語の数々で、わたしたちを魅了してくれた大作家です。

訃報をきいて、久しぶりに短編集を読み直しました。

最初のページに、大好きな短編がありました。"THE FOG HORN (霧笛)"です。

美しくも寂しく、静かで荒々しい、魅力的な作品です。冒頭を少し訳してみます。

THE FOGHORN

「冷たい水に囲まれ、陸から遠くはなれた場所で、ぼくらは霧の出るのを毎晩待っていた。霧が出れば、真鍮製の機械に油を差し、石造りの塔のてっぺんにある濃霧信号灯をともすのだ。鉛色の空を飛ぶ二羽の鳥のような心持ちで、マックダンとぼくが投げかける信号灯の光は、赤、白、赤と色を変えながら、孤独な船を見守っている。

濃霧で光が届かないときは、ぼくらの「声」を届ける。力強く深いこの「霧笛」の叫びは、霧の薄い膜をびりびりと震わせ、驚いたカモメたちは、トランプのカードが散らばるように一斉に飛び立ち、波頭は高く泡立つのだった」



……なんとも抒情的で寂寥感あふれる、美しい出だしではありませんか。霧笛の叫びとカモメの羽音、波しぶきが聞こえるようです。しかし、この先がすごいのです。すごい話なのです。

古代のとある生物が登場します。そして語り部のジョニー(=「ぼく」)は取り乱します。そして先輩のマックダンが語ります。


"It's impossible!" I said.

"No, Johnny, we're impossible. It's like it always was ten million years ago. It hasn't changed. It's us and the land that've changed, become impossible. Us! "

「ありえない!嘘だ!」ぼくは言った。

「ちがう、ジョニー。ありえないのは俺たちだ。あいつは何千万年もの昔の姿そのままだ。何にも変わっちゃいない。変わっちまったのは、ありえないのは、俺たち人間や、陸地だ。いいか、俺たちのほうなんだ


拙訳失礼しました。


とてつもない孤独。孤独の中でめぐり合う、かけがえのない相手。その相手を深く愛するがゆえに、疑心暗鬼になってしまう。そして傷つく恐怖に耐えかね、自分からすべてを壊しつくす。そして悲嘆にくれる……取り返しのつかない行動の果ての孤独……

まるで非現実的な設定ながら、胸に響くのは、人の、この世の営みの愛しさとはかなさと滑稽さ。過去と未来。ブラッドベリの世界に入り込むと、なかなか抜けられないような、深い深い世界。

魔物や異形な存在への微妙な愛情をあらわす反面、人の心の闇に潜む怪物的な、あるいは冷酷な姿をえぐり出す容赦のなさが、ときには怖いもの見たさのような、不快なような、不思議な感覚をおぼえる作品の数々。

映画化などもありますが、やはり読書で感じ取りたい作家のひとりでした。

中学生のころから、ずいぶんとお世話になりました。

闘病生活が長かったそうですが、重い身体とはもう決別されたのだから、風に乗って、ぜひとも世界中の灯台をめぐってください。


ご冥福を心からお祈りします。


江戸の暮らし、というものに魅力を感じるようになったのは、便利なモノにあふれた現代生活に、そろそろ疲れてきた年頃だからでしょうか。

シンプルでありながら、粋で、いなせで、季節感にあふれた日々の暮らし。人とのつき合い。日本人としての基本的な生活パターン。

その生活ぶりをそっくり真似しようとは思わないけれど(できないし)、ちょっぴりでも取り入れてみたい、ほっとする暮らし。


以前、NHKの『コメディーお江戸でござる』の解説をされ、惜しくも46歳の若さで2005年に亡くなられた、杉浦日向子(ひなこ)さんの著作には、そうした江戸の文化が、ぱきぱきしたテンポの良い語り口で紹介されています。


いちばん最初に手にとったのが、この『大江戸美味草紙(おおえどむまそうし)』です。

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新潮文庫・全182ページ


とてもおもしろいし、意外にも、目からウロコ的な内容が盛りだくさん。

江戸の食の文化誌ともいえる内容が、当時の川柳をサカナに、紹介されています。

たとえば、天ぷら。

「江戸前天ぷらは、串に刺して食べていた――屋台の大皿に盛られた天ぷらに、竹串を突ッ刺し、直(じか)に頬ばった。片手には、酒を満たしたぐい呑み。箸も使わぬ、いかにもガラの悪い立ち食い、立ち呑みだ。」

「いまや天ぷらといえば、高級接待に使われるほどの御馳走となったが、スタートは安直なファーストフードだった。」

「幕末に描かれた月岡芳年の美人画に『むまさう(うまそう)』と題した一枚がある。名月を背景に、美女が天ぷらをつまんでいる構図だが、やはり、長楊枝で刺している。当時の天ぷらはフライドチキンのように下味がつけてあり、スナック(おつまみ)の類だった。箸で食べるようになるのは、天つゆの登場以降だろう。天ぷらが、すっかり上品になり、お座敷天ぷらなどがあらわれたのは、大正期のことという。」

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「むまさう」 寛永年間女郎之風俗 月岡芳年・画 「風俗三十二相」のうち


ほかに、たとえばこんな川柳からはじまっている項があります。

一群の女中を崩すつくづくし

「『つくづくし』とは、春到来の味覚、土筆(つくし)のこと。女中はご婦人方の意であるから、女性グループの春行楽の道すがらでの、うれしいハプニング。中のひとりが、『あら、ツクシだわ』と路傍(みちばた)を指さすや、『ほんと、ここにも』、『そら、あっちにも』、『まあまあまあ』。みんなてんでんばらばらに、しゃがみこんで、たちまちツクシ狩りフィーバーとなってしまった。ちと、かまびすしいながらも、ほほえましい一景。」

ツクシやワラビ、ふきのとう、タラの芽、きのこ類など、たしかに見つけると、万障繰り合わせてでも、摘んでしまいたい衝動に駆られますよね。これは女子のサガなんでしょうか(笑)


江戸前のあれこれ、蕎麦のうんちく、初鰹のこだわりなど、読むほどに江戸という文化の香りが、ぷんぷんと漂い、読んでいるそばから、台所に走っていき、とりあえず何か、たとえ「白いおまんまにおこうこ」だけでも、かっ込みたくなります。

ことに「ソ連(ソバ好き連)」をお仲間とつくっていたという杉浦さんですから、蕎麦の描写のみずみずしさにたまらなくなり、今日の昼ごはんは、とうとう蕎麦に決定(笑)

江戸っ子ふうにはゆきませんが、スーパーで、ニシンの甘露煮を買ってあったので、ぶっかけニシン蕎麦をつくりました。
白髪ネギをたっぷり添えて、あつあつを。

nishinsoba
ママさんと二人で、蕎麦二束をペロリ。うまかったじょ!


nishinsobalily
アタシにも、ニシンをちょっぴりくらさい……「しょうがないなぁ」by ママさん


食いしん坊には、こういう本は毒……いや、薬ですね(笑)

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ガーデニング・動植物・芸術・旅行・ドライブを愛するはりねずみ的平和主義者。

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